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浦和地方裁判所 昭和41年(ワ)333号 判決 1968年2月28日

原告 山岡静雄

被告 加藤安治 外一名

主文

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

別紙目録記載(一)の土地につき被告加藤が所有権を有しないことを、別紙目録記載(二)の土地につき被告飯倉が所有権を有しないことをそれぞれ確認する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告らの本案前の申立

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、被告らの本案についての申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地(一)という。)および同目録記載(二)の土地(以下本件土地(二)という。)は蕨市大字蕨字穂保作六、六六四番の田一反三畝一七歩(以下分筆前の土地という。)を昭和四〇年六月五日に分筆したものである。

二、原告はもと右分筆前の土地を所有していたところ、昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条によりこれを国に買収された。

三、国は昭和二四年三月二日自創法第一六条により分筆前の土地を被告加藤に売り渡した。(以下本件売渡処分という。)

四、被告加藤はこれを前記のように分筆手続した後昭和四〇年六月二八日本件土地(二)を被告飯倉に贈与した。

五、しかし、本件売渡処分および贈与は次の理由により無効である。

(一)  本件買収処分の頃、右分筆前の土地の内、南側部分四畝一九歩は被告飯倉の亡夫飯倉藤吉が、同じく中央部分の四畝一四歩は訴外町田正吉が、同じく北側部分の四畝一四歩は被告加藤が、各耕作していたものであつて、蕨町農地委員会による分筆前の土地の売渡計画に先だち、前記の飯倉藤吉、町田正吉は引続き耕作するつもりながら、農地委員会に対して自創法第一七条に定める買受けの申込みをせず、被告加藤のみが右の申込みをなした。

(二)  かかる場合、国は自創法第一六条および同法施行令第一八条の規定により被告加藤に対してその耕作部分(四畝一四歩)の限度で売り渡すべきであるのにかかわらず、分筆前の土地全部を同人に売り渡した。これは、重大かつ明白な瑕疵のある売渡処分であつて、無効である。

(三)  したがつて、右売渡処分が有効であることを前提として、被告加藤が被告飯倉に対してなした本件土地(二)についての贈与もまた無効である。

六、以上のとおり被告加藤は本件土地(一)につき、被告飯倉は本件土地(二)につき、いずれも所有権を有しないから、本件各土地は国の所有地として自創法第四六条第一項の規定により農林大臣が管理する農地に該当するものである。そして本件各土地は、次の理由により自作農の創設または農業上の利用の増進の目的に供し得ない土地であつて、本件売渡処分が無効のため被告らが本件各土地の所有権を取得せず、依然として国の所有であることが確定すれば、農地法第八〇条の規定により買収前の所有者である原告に対して売り払われるべきものであり、行政事件訴訟法第三六条により本件売渡処分の無効を求める行政訴訟を提起することは許されず、右無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによるほかないと解せられるから、原告には本件各土地につき被告らが所有権を有しないことの確認を求める法律上の利益がある。

(一)  本件各土地は、蕨市が昭和三八年頃決定し昭和四〇年一二月より実施中の同市土地区画整理事業蕨市南部第一穂保作地区内にある(同地区総面積のうち既に宅地化された部分は約七割、荒地および休耕地は約一割、耕作地は約二割となつている。)。

(二)  本件各土地の東側、西側および北側に接する土地はいずれも宅地化されており、南側は幅一一米の道路である。

(三)  本件土地(一)は被告加藤が耕作中であるが、現在工事中の下水道が完成すると右土地へのかんがい用水が得られなくなる見込であり、また本件土地(二)は現在耕作されていない。

七、よつて本訴に及んだ。

第三、被告らの本案前の申立の理由

原告は左の理由により被告らの本件各土地についての所有権不存在確認を求める利益を有せず、本件訴えは却下さるべきものである。

一、被告らは現に本件各土地につき耕作の事業を行なつている者であるから、仮りに売渡処分に原告主張の如き瑕疵があり無効となるとしても、本件各土地は国が農地法第三六条第一項の規定により更めて小作人たる被告らに売渡しを行なうべきものであつて、農地法第八〇条の規定により原告に売り払われるべき場合に該当しない。

二、原告は本件買収処分により既に本件各土地の所有権を失つたものであるから、仮りに本件売渡処分が無効であるとしても本件各土地の所有権が国にあることは当然であり、したがつて本訴請求の趣旨は被告らの所有権を否定してその確認を求めるものであるが、実質は国の所有であることの確認を求めるものである。なんびとも他人の所有権の確認を求めることはできない。原告が農地法第八〇条による売払いを受ける目的のため本訴提起をなすは誤りで、右目的のためにはよろしく処分行政庁を被告とする行政訴訟により本件売渡処分の無効確認を求めるべきである。

第四、請求の原因に対する被告らの認否

一、請求原因第一、二項は認める。

二、同第三項中売渡処分の日付は否認し、その余は認める。

売渡処分の日は昭和二二年一〇月二日である。

三、同第四項は認める。

四、同第五項冒頭の事実は否認する。

同第五項(一)中各耕作面積の範囲を否認し、その余は認める。

分筆前の土地の内南側部分五畝一五歩を飯倉藤吉(同人の昭和二六年七月二三日死亡後は承継人被告飯倉)が、同中央部分二畝六歩を訴外町田正吉(同人の昭和二五年七月一二日死亡後は承継人訴外町田登喜司)が、同北側部分五畝二六歩を被告加藤が、各々耕作していたものである。

同第五項(二)中国が被告加藤に対して分筆前の土地全部を売り渡したことは認めるが、その余は否認する。

同第五項(三)中被告加藤が本件土地(二)を被告飯倉に贈与したことは認めるが、その余は否認する。

五、同第六項中(一)ないし(三)は認めるが、その余は否認する。

六、被告加藤の耕作部分を超えた土地の売渡しをなした点において本件売渡処分には瑕疵があつたものではあるが、右は重大かつ明白なものとはいえないから同処分は無効ではなく、したがつて、被告加藤から被告飯倉への前記贈与も無効ではない。

第五、抗弁

仮りに本件売渡処分が無効だつたとしても、右処分の瑕疵は治癒されているものである。すなわち、昭和四〇年五月二一日蕨市農業委員会および埼玉県小作主事等は、被告加藤、町田正吉の耕作を承継した町田登喜司および飯倉藤吉の耕作を承継した被告飯倉の間を斡旋し、本件売渡処分の瑕疵を治癒する目的で、被告加藤は被告飯倉が耕作していた本件土地(二)を同被告に贈与し、町田登喜司に対しては同人が農地取得の資格がないので土地の贈与以外の方法で解決すること、の合意がなされ、右合意にもとづき本件土地(二)の所有権が被告飯倉に移転され、同年六月二八日埼玉県知事は農地法第三条によりこれを許可した。これはまさに本件売渡処分の瑕疵を治癒したものというべきである。

第六、原告の抗弁に対する認否および主張

被告の抗弁事実中、農業委員会、小作主事が斡旋したこと知事が本件土地(二)の所有権移転につき許可したことは認めるが、右斡旋の日時および合意の内容は否認する。仮りに右許可の事実があつても次の理由により本件売渡処分の瑕疵は治癒されない。

本件各土地については昭和三三年春頃原告、被告両名、町田登喜司および蕨市農業委員会の間において右土地は国有地として更めて国の農地法にもとづく処分を待つことに合意していたもので、現に同土地は国が所有するものであるから、被告らの主張する本件土地(二)の贈与は無権利者による処分であつて無効であり、埼玉県知事が許可しても、そのために所有権が移転するわけはなく、したがつて、かかることによつて本件売渡処分の瑕疵が治癒されうるはずはない。

第七、証拠<省略>

理由

原告は、本件売渡処分はその主張の如き理由により無効であり、かつ本件各土地はその主張の如き事情からして農地法第八〇条により買収前の所有者である原告に対して売り払われるべきものであり、しかも直接右売渡処分の無効を求める行政訴訟を提起することは許されないから、原告には本件各土地につき被告らが所有権を有しないことの確認を求める法律上の利益がある旨主張するので、まずこの点につき判断するに、

およそ、行政処分の効力の有無を前提として生ずる紛争は、多くの場合、行政処分の効力の有無につき現在の法律関係の前提問題として判断を示しそれより結論を導き出せば、右の法律関係に関する訴えによつて十分その目的が達せられるのであつて、行政事件訴訟法第三六条は、そのような場合には、処分行政庁を被告とし行政処分の効力の有無自体を裁判の対象とする無効等確認の訴えは提起することが許されないとしているのである。したがつて、現在の法律関係に関する訴えによつて、たとえその前提となる行政処分の効力の有無についての判断を得ても、その判断が処分行政庁およびその他の関係行政庁を拘束する効力がなく、右訴えによつては目的を達することができないときは、すべからく行政事件訴訟法第三六条による訴えによるべきであつて、現在の法律関係に関する訴えによるべきでないことはもとより当然である。これを本件についてみるに、原告が本件において仮りに勝訴し、その判決理由中で本件売渡処分が無効であると判断されても、この判断は行政庁に対する拘束力を有せず、また、本件各土地につき被告らに所有権が存在しないと認められてもそれがすなわち国に所有権があると認められたことになるわけではなく、いわんやそのことの既判力が国に及ぶことはあり得ないから、行政庁および国は依然として本件売渡処分を有効とし、本件各土地の所有権が国に存在しないものとして取扱うべく、したがつて原告は、農地法第八〇条の規定により農林大臣に対し本件各土地の売払いを求めることができず、農林大臣も右の売払いをすることができないから、結局本訴は被買収者たる原告の本件土地に関する法律上の地位に何らの影響をも及ぼし得ないものである。右農地法第八〇条による売払いを求めるためには国が買収して所有する土地の買収前の所有者でなければならず、そのためには原告は行政事件訴訟法第三六条に基づく売渡処分の無効確認を求める行政訴訟を提起しなければならないものであつて、本件の如き訴えによつてはその目的を達することができないものであるから、本訴は訴えの利益を欠く不適法なものといわなければならない。

以上の理由により、その余の判断を示すまでもなく、原告の本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀部勇二 赤塔政夫 神原夏樹)

(別紙目録省略)

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